大正の流行作家、田村俊子の代表作に「木乃伊(みいら)の口紅」がある。一人の女性が夢で、唇に鮮やかな紅をさした木乃伊をみる話だ。いわれてみれば木乃伊は、冷徹な「死」の中にも「生」を引き止めて離さない、不思議な表情をもっている。
エジプトで確認されたハトシェプスト女王のそれも、幽明の境に漂うような(ただよう)、生の名残(なごり)を宿している。紀元前15世紀に栄華(えいが)を極めたという女帝である。「ツタンカーメン王」以来の重要な発見」と考える古学界は興奮気味らしい。
ツタンカーメンの墓を1922年に発見した英国の考古学者カーターらが、それより前の03年に発見していた。だがだれだかわかず、1世紀余を身元不明ですごしてきた。DNA鑑定の進歩によってソセイが明らかになった。
「この光景を前にしては、人間のはかない命を基準した時間など展望を失ってしまう」。ツタンカーメンの棺を開けたカーターの回想である。古代エジプト人は霊魂の不滅を強く願った。その宿る(やどる)ところとして、肉体にも永遠を与えようとした。
カンヌ国際映画祭りで受賞した河瀬直美監督の「もがりの森」を思い起こす。もがりとは、死者の本葬前に霊の復活(ふっかつ)をねがいつつ鎮める、古代日本風習だった。河瀬さんは、もがりという「死者と生者(しょうじゃ)の間にある結ぶ目のような時空」を、深い森い求めて、現代の物語を撮った。
女王は3500年の間霊魂を持ち続け、死者として存在してきた。それ自体が「結び目」のようなものだろう。ショウゲンさの漂う面ざしには口紅よりも、王冠の方が似合うようである。
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